第十五話 思いがけない出来事 U


其れは谷の奥深く 竿先へと全神経を集中していた時だった フト何らかの視線を感じ 目印から視線を
対岸へと向けて見ると其の先には 朽ちた倒木の上で 私を見据える1匹の猿が! 後続の釣友を手で
制すると 静かに辺りを見渡した・・・・・・ ”大きな群れだ!” ボスと思われる そいつの後ろ斜面には
無数の猿の目が 私達に向いている。  目前のボス猿は 真っ赤な顔で牙を剥き 此方を威嚇しだした
腰鉈を手に 其のままの姿で固まってしまう・・・・・。
ピリピリした時間は 意識的に外した 私の視線により破れる・・・・・・ ”ギヤー!” と ひと鳴きすると
身を翻し 山肌を駆け上がる・・・・・。  残された群れは 遅れまいと慌てて続き 津波が襲ったような
騒々しさで去って行く     最後尾の親子が 姿を消すまで見送ると   やがて静寂が訪れた。


この谷へと 入渓するには 荒い本流を徒渉して
直ぐに出会う舐め滝の右岸を上り 谷が右方向へ
大きく曲がる其の先に 古い堰堤が立ちはだかる
右岸の立ち木を頼りに 其の肩へと乗り出すと
もう人工物は 何も残らない   そこは落差の
厳しい谷で 本流対岸の車道から望むと 切り
立ち 空へと延びる岩盤で その切れ込みは
釣人を拒み 威嚇してるかのようだ!

大岩の点在する 薄暗い谷を遡行しつづけるが
この辺りでは 魚影もそう濃くは無い!

また此処は蛇の多い処でも有って 雨上がりの
蒸した日などは 時にはマムシを踏みつけ 驚き
跳び上がった事等も 幾度かあった。
岩場のヘツリで 伸ばした手に ”グニャッ!” とした感覚 ”オッ!” と手を引く そう岩場ではガマ蛙との
出迎えも多い処だ。
幾つかの 規模の小さい難所を越えて行くと この谷一番の悪場へと出会う  割と傾斜は緩いこの滝は
直登出来るのだが! 帰路の降りでは 右岸に残る巻き路を使う事が 安全だろう 残置ボルトも岩場に
残るが 此れは古い物で利用は避けた方が無難だ まだ傾斜の残る滝の頭へ立つと其の先へと進む。

高度を稼ぐと 落差も落ち着き出す渓 今釣り
登って来た谷を振り返ると 本流対岸の山並を
見下ろす程と成りだした。
もう一跨ぎ出来そうな流れからは チビ岩魚も
姿を見せ始めた! 其れは紛れも無いヤマトで
鍼を外すと そっと流れに返してやる。
もう源頭間近の この辺りには 釣り人もそうは
入らないのか 踏み後さへ残らない!
更にか細く成った渓に 見切りを付け戻る事に
する 先程見送って来た 左岸より出会う枝谷
水量比 7対3程の 落差も無い見落としそうな
渓相 サラサラと静かに水を落とす・・・・。

水深20CM程のチャラ瀬に 仕掛けを振り込む
目前を流れ下る餌に サッと黒い影が横切る
セルの目印は 凄い速さで上手へと走る!
慌てて竿を煽ると ”ガツン!” と 思いがけない強い引き込みが 引き込みと云っても 逃げ込む深みが
ある訳でも無く チャラ瀬で背鰭を出しながら 上下へと走り回る・・・・。
小砂利の岸へと引き摺り上げたのは なんと尺を悠に越えるアマゴ 走り寄った釣友は”こんな処でー!”
其れからが大変だった! この細い弱々しい流れから 竿を絞り姿を現すのは 全て尺越えのアマゴ
”おいおい いったいどう成って居るんだー! 本筋では木っ端ばかりだったのに・・・。”
枝谷の奥に 流木と藪とに覆われた 黒い岩盤の滝が見え出す!・・・・・・・おそらく此処が魚止めだろう
もう竿を収めていた私が その下の水溜りの(落込みとは云い難い!) 石から石へと跳んだ”バシャン!”
水面に落とした私の影に驚き 跳び出した魚影! 何と2Mばかり先の石下に 頭をこじ入れて居るでは
無いか! 御当人は隠れて居るつもりの様だが 何せ尾鰭が見えている。 後ろの釣友を見やると もう
上着の袖を 捲り上げているでは!   ”おい 止めて置けよ!”   ”だって見えてるもんなー!”
其の魚を 手掴みにせんとする 釣友を残し 滝を攀じ登り 更に細く成った流れを見渡しても もう魚影の
確認は出来なかった・・。
足元を気にしながら 下降すると その下で待つ釣友の手には 尺を越えるアマゴが・・・・・・。

                                                        OOZEKI